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名古屋地方裁判所 昭和54年(行ウ)1号 判決 1980年10月27日

原告 加藤利男

被告 千種税務署長

代理人 西村重隆 ほか四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

一  被告が原告の昭和五一年分所得税について昭和五二年一〇月二六日付でなした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二主張

(原告)

請求原因

一  本件課税処分の経緯

原告は、昭和五二年三月一五日に、昭和五一年分所得税について、別表「昭和五一年分課税処分表」の「確定申告額」欄記載のとおりの確定申告をしたところ、被告は、同年一〇月二六日同表の「更正及び賦課決定額」欄記載のとおりの更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件課税処分」という。)をなした。

原告は、本件課税処分を不服として、昭和五三年一月二七日異議申立をしたが、被告は、同年四月一九日右申立を棄却した。

そこで、原告は、同年五月八日国税不服審判所長に対し審査請求をなしたが、同所長は、同年一一月一六日右請求を棄却する旨の裁決をなした。

二  本件課税処分の違法性

本件課税処分は、所得税法六四条二項の解釈を誤り、課税長期譲渡所得金額を過大に算定した違法なものである。

1 訴外伊藤一正(以下「伊藤」という。)は、名古屋市守山区幸心字木戸五〇番地において、ガソリンスタンドを経営し、伊藤石油商会なる名称で石油販売業を営んでいたが、大口不良債権の発生等が原因となり、経営不振となり、昭和四八年三月当時約三、〇〇〇万円の債務を負担するに至つた。かかる経営状態に加えて、同人は不動産等の資産を有していなかつたので、銀行等の金融機関に対する信用は全くなくなり、単独で銀行等から融資を受けることは不可能な状態にあつた。

そして、伊藤は、昭和四八年三月三〇日に弁済期日が到来する金額一、〇〇〇万円の手形について資金繰りがつかず、もし右手形の決済ができないときは、前記石油販売業の経営は不可能となる事態となつた。

そこで、伊藤は、原告に対し、右手形決済資金を他から借入れをするについて連帯保証人になつて貰いたい旨懇請した。

原告は、伊藤とは昭和四四年頃から家族ぐるみの交際をしており、伊藤の右窮状に同情して、これを助けるべく、伊藤と共に、第一勧業銀行大曽根支店、岡崎信用金庫黒川支店等に出向き、融資方を依頼したが、伊藤に信用力がなく、いずれも貸出を拒否された。

そこで、昭和四八年三月二八日原告は伊藤を同行して、原告が組合員である訴外猪高町農業協同組合(以下「猪高農協」という。)に赴き、伊藤を債務者、原告を連帯保証人とし、原告所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を担保に提供することを条件に一、〇〇〇万円の融資方を申入れた。

右申入れに対し、猪高農協は、右金員の貸付については了承したものの、伊藤が同農協の組合員ではなかつたため、同人を債務者として貸付けることはできないということであつた。

そのため、同月三〇日原告は、やむを得ず、形式上原告が主債務者となり、伊藤を連帯保証人として、利息年八・七五パーセント、損害金年一五パーセント、年二回払い、弁済期昭和五一年四月一〇日、本件土地に根抵当権を設定することなる約定で猪高農協より金一、〇〇〇万円を借入れた(右金銭消費貸借を以下「本件消費貸借」という。)。

右借入金は、即日同農協の原告の普通預金口座に振込まれ、原告は同農協振出の保証小切手の引渡しを受け、これを伊藤に手交した。伊藤は同日自己の当座預金に右小切手を入金した。

ところが、伊藤は、本件消費貸借上の元金一、〇〇〇万円及び三年余の約定利息三二四万二、八六五円を期日に弁済できなかつたため、原告において、抵当物件である本件土地を昭和五一年四月一二日訴外生田幸男に金二、九四七万八、四〇〇円で売却し、右売却代金をもつて、前記元利合計金一、三二四万二、八六五円を猪高農協に弁済した。

なお、本件土地の売却に際し、原告は、猪高農協が有していた抵当権の抹消登記手続費用として金六、七八〇円の支払いを余儀なくされた。

伊藤は結局、石油販売業の経営に失敗し、賃借していたガソリンスタンドも貸主に返還してしまつたような状態で、原告の同人に対する求償は全く不可能になつてしまつている。

2 以上の次第で、猪高農協に対する原告の右金員の弁済は実質的には、連帯保証人としての債務の履行としてなされたことは明らかであり、(この事実は貸主である猪高農協においても証明している。)原告が、右金員を弁済するために本件土地を売却したのは実質的にみれば、所得税法六四条二項に規定する「保証債務を履行するための譲渡」に該当するものというべきである。

3 所得税法、法人税法等の実質課税の原則を採用していることからしても、租税負担の公平は単に形式的な意味だけではなく、実質的な意味において実現されなければならないことはいうまでもない。

被告は、本件課税処分において、前記事実関係についての判断を誤り、本件土地の売却は「保証債務を履行するための譲渡」にあたらないとしたのであるが、右は、所得税法六四条二項の解釈を誤つたものというべきである。

また、前記抵当権の抹消登記手続費用は譲渡経費に計上されるべきである。

三  よつて、原告は、本件課税処分の取消を求める。

(被告)

請求原因に対する認否

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二1のうち、原告主張日時に本件消費貸借が締結されたこと、借入金(一、〇〇〇万円)は猪高農協の原告名義の普通預金口座に振込まれ、原告が同農協振出の保証小切手の引渡を受けたこと、原告より右小切手の交付を受けた伊藤は同日自己の当座預金に入金したこと、原告がその主張日時に本件土地を訴外生田幸男にその主張の代金額で売却したこと、右売却代金等をもつて、元利合計金一、三二四万二、八六五円を猪高農協に弁済したこと(但し、右売却代金のうち、右弁済に充てられた金額は、一、〇三二万四、六一一円である。)、原告が猪高農協が有していた抵当権の抹消登記手続費用として金六、七八〇円を支払つたことは認める。

本件消費貸借において、原告が単に形式上の債務者であつたとの点は否認する。

同2の事実は否認し、主張は争う。

同3の主張は争う。

被告の主張(本件課税処分の適法性)

一  原告の昭和五一年分総所得金額及び課税長期譲渡所得金額は次のとおりである。

1 総所得金額 二六七万八、二〇九円

原告の昭和五一年分の総所得金額は、原告が申告した不動産所得の金額一三一万六、二〇九円と給与所得の金額一三六万二、〇〇〇円の合計額である。

2 課税長期譲渡所得金額 二、六〇七万六、四八〇円

原告の昭和五一年分の課税長期譲渡所得金額は、次に述べるとおり、総収入金額二、九四七万八、四〇〇円から本件土地の取得費一四七万三、九二〇円、譲渡に要した費用九二万八、〇〇〇円ならびに長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を控除した二、六〇七万六、四八〇円である。

(一) 総収入金額 二、九四七万八、四〇〇円

右金額は、原告が本件土地を訴外生田幸男に譲渡して得た金額である。

(二) 取得費 一四七万三、九二〇円

本件土地は、原告が昭和二七年一二月三一日以前から引続き所有していたものであるから、本件土地の取得に要した費用は、租税特別措置法(昭和五二年法九号改正前のもの、以下「措置法」という。)三一条の三第一項本文の規定により、収入金額二、九四七万八、四〇〇円の一〇〇分の五に相当する一四七万三、九二〇円の一〇〇分の五に相当する一四七万三、九二〇円となる。

(三) 資産の譲渡に要した費用 九二万八、〇〇〇円

右金額の内訳は次のとおりである。

(1) 仲介手数料 九〇万円

右金額は、原告が本件土地の譲渡に際し、訴外株式会社丸福に仲介手数料として支払つたものである。

(2) 売渡証書作成手数料 三、〇〇〇円

右金額は、原告が本件土地の譲渡に際し、訴外株式会社松永事務所に売渡証書作成手数料として支払つたものである。

(3) 収入印紙代 一万円

右金額は、原告が本件土地の売買契約書に貼布した収入印紙代金である。

(4) 不動産の登記変更手数料等 一万五、〇〇〇円

右金額は、原告が本件土地の譲渡に際し、農地を宅地に転用するための登記変更などの手数料として、訴外高木由松に対し支払つたものである。

(四) 長期譲渡所得の特別控除額 一〇〇万円

右金額は、措置法三一条二項に規定するものである。

従つて、右各金額と同額でなされた本件更正処分及び右更正処分を基としてなされた本件過少申告加算税の賦課決定処分はいずれも適法である。

二  原告は、本件土地の前記売却は所得税法六四条二項に規定する「保証債務を履行するための譲渡」に該当する旨主張するが、以下述べるとおり、右主張は理由がない。

すなわち、本件消費貸借における債務者が名義においても実質においても原告であることは、原告自身が借入申込みを行い、契約書上も債務者となつており、伊藤を債務者とする旨の記載はないこと、債権者である猪高農協は、債務者を原告と認識し、債務の履行についてはまず原告に請求する意思を有していたこと、右貸出に際し猪高農協は、原告所有の土地に根抵当権を設定したこと、債務の弁済は、本件土地の売却代金によつて支払つた分も含めすべて原告が行つていること、猪高農協は、伊藤についてはその資産調査もしておらず、同人を連帯保証人にしたのも単に形式上のことにすぎないのであつて、このような者を債務者として貸付けをするとは考えられないこと、伊藤が受け取つた一、〇〇〇万円について、債務者を伊藤、保証人を伊藤泰子とする借用証が原告に差入れられており、しかもその後原告と伊藤との間において、右債務等について債務承認弁済契約公正証書が作成されていることからすると、本件一、〇〇〇万円は、原告が伊藤に貸付けたものと認められることなどからして明らかである。

原告は伊藤が実質上の主たる債務者であるところ、同人が猪高農協の組合員でないため、原告が形式上債務者になつたにすぎない旨主張する。

しかしながら、金融機関が融資をするにあたつては、十分な返済能力があることが前提であつて、事業として金融を行つている猪高農協が提供すべき担保も返済能力もない伊藤に貸付けをするなどということは到底考えられないことであり、猪高農協は、単に原告が組合員であるというばかりでなく、同人に信用力があるからこそ同人を債務者としたのである。

以上のとおりであつて、本件消費貸借は、原告を債務者として締結されたものであり、従つて、本件土地は原告自身の債務を弁済するため譲渡したものと解するのが相当であり、所得税法六四条二項の適用がないことは明らかである。

三  仮に、伊藤が実質的な主たる債務者であり、原告は保証人であつたにすぎないとしても、猪高農協からの借入れ当時、伊藤は既に資力を喪失しており、伊藤の窮状をみかねた原告が、同人を助けてやりたい一心で、自己の危険において私財提供を行つたものであつて、所得税法六四条二項で保護すべき場合にあたらない。

すなわち、所得税法六四条二項は、保証債務履行のため資産が譲渡され、求償権の行使が不能である場合は、譲渡人がその代金を収入し得ないことから、その部分の金額は収入がなかつたものとして、譲渡収入金額を計算することを認めるものである。これに対し、保証人が当初から主たる債務者に弁済能力がないことを知りながらあえて保証債務を負担し、その履行を行つた場合、あるいは主たる債務者の資力等からみて求償権行使が可能であるにもかかわらず、これを放棄したり、又は事実上これを行わない場合には、実質的に見ると、主たる債務者に対し譲渡代金相当の贈与または利益供与がなされたと同様であるので、資産譲渡にかかる所得は実現したものとみられ、従つて、所得税法六四条二項を適用すべき場合にはあたらないというべきである。

ところで、伊藤は、昭和四八年三月当時約三、〇〇〇万円の負債を有し、弁済能力は全くなかつたのであるが、原告は以前から家族ぐるみの付合いをしていた伊藤が、その直前資金難による事業の行き詰まりから自殺を図つたこともあつて、同人を助けてやろうという同情心から、伊藤の資産状態を知りながら、その家族を助けたい一心で融資を行つたのである。

すなわち、原告は、昭和四七年一一月頃から、伊藤の依頼に応じて一〇万円単位でしばしば金員を無利息で融通しており、昭和四八年三月当時には貸付額も返済額も、その詳細は不明な状態で、およそ一五〇万円位は未回収のままになつていたうえに、右のような伊藤の資産状態を知りながら、あえて伊藤の窮状を助けようという動機のみで前記保証小切手を渡したのである。

しかもその際原告は、その貸付金の回収については九〇パーセントは駄目だろうと思つていたし、借用書もとるつもりはなかつたというのであり、その後も支払催促は殆ど行つていないのである。

ちなみに、原告は、本件土地の売却当時、名古屋市名東区猪高町内に本件土地も含めて二、八八八・二二平方メートルの土地と六七三・二二平方メートルの家屋を所有していたものであり、その時価は一億四、九五〇万円を下らないものである。さらに原告は、家庭電気製品の小売店の営業収入のほか、アパート経営により年間二〇〇万円ないし二五〇万円の収入を得ていた。

このような事実関係に照らせば、原告は、前記保証小切手を伊藤に渡す際、既に同人が弁済不可能であることを予期しながら、自己の資産に担保権を設定したものであつて、仮に本件消費貸借において原告は、実質上保証人の地位にあるとみるべきものとしても、原告の行為は、保証人としての求償権行使による回収の期待を全く持たずに行つたものであり、実質的には、債務の引受け、伊藤に対する利益の供与または贈与とみるべきものであつて、所得税法六四条二項によつて保護すべき場合にあたらないというべきである。

なお原告は、被告の右主張は時機に後れて提出した攻撃防御方法にあたるものとして却下を求めているが、本件訴訟の具体的な進行状況に照らせば右主張の提出時期が時機に後れたものとはいえないし、被告の右主張により本件訴訟の完結が遅延するということもないのであるから、被告の右主張は民事訴訟法一三九条一項による却下の対象となり得ない適法なものというべきである。

四  原告は、本件土地に設定されていた抵当権の抹消登記手続費用を譲渡経費に計上すべきである旨主張する。

しかしながら、所得税法三三条三項にいう「資産の譲渡に要した費用」とは、譲渡を実現するために直接かつ通常必要な費用を指すものであるところ、本件の場合、抵当権の抹消登記手続をすることが、本件土地を譲渡する前提として事実上必要であつたとしても、右登記手続は、農協に対する債務弁済により抵当権が消滅したためなされたものであり、本件土地の譲渡に直接かつ通常必要な費用とは認め難い。

よつて、原告の右主張は理由がない。

(原告)

被告の主張に対する認否及び主張

一  被告の主張一のうち、原告の昭和五一年分総所得金額及び本件土地の譲渡に要した費用中に被告主張のとおりの費用が含まれていることは認めるが、本件土地の抵当権設定登記の抹消登記手続費用も譲渡費用に算入すべきことは前記のとおりである。

本件土地の売却代金額(二、九四七万八、四〇〇円)がすべて総収入金額となる点は争う。

二  同二のうち、被告主張の借用証が伊藤から原告に差入れられ、また原告と伊藤との間において債務承認弁済契約公正証書が作成されていることは認める。

しかしながら、右各書類はいずれも両者の真意に基づいて作成されたものではなく、あくまで形式上のものにすぎず、原告と伊藤との間には金銭消費貸借契約は存在しない。

このことは、原告が、伊藤の金員借入れについて、当初から連帯保証人として協力する意思であつたこと、本件消費貸借当時伊藤は約三、〇〇〇万円の負債を有していながら、不動産・預金等の資産は皆無で、弁済能力は全くなかつたことからして明らかである。

金銭消費貸借における貸主の意思として、当初より借主の弁済能力が全くなく、貸金が返還されることが不可能なことを知りながら、金員を貸付けるというようなことはあり得ない。

三  同三のうち、原告の行為が、実質的には債務の引受け、伊藤に対する利益の供与または贈与とみるべきであるとの点は否認し、同項の主張は争う。

ところで、被告の予備的主張(被告の主張三)は、時機に後れてなしたものであるから、却下されるべきである。

四  同四の主張は争う。

第三証拠 <略>

理由

第一本件課税処分の経緯

請求原因一の事実(本件課税処分の経緯)については当事者間に争いがない。

第二本件課税処分の適法性

(総所得金額)

原告の昭和五一年分総所得金額が二六七万八、二〇九円(不動産所得金額一三一万六、二〇九円と給与所得金額一四六万二、〇〇〇円の合計額)であることは当事者間に争いがない。

(課税長期譲渡所得金額)

一  昭和四八年三月三〇日猪高農協を債権者、原告を債務者、伊藤を連帯保証人とする本件消費貸借(貸付額一、〇〇〇万円)が締結され、原告所有の本件土地につき根抵当権が設定されたこと、借入金は猪高農協の原告名義の普通預金口座に振込まれ、原告は右と同額の同農協の保証小切手の振出を受けたこと、原告より右小切手の交付を受けた伊藤は、同日自己の当座預金に入金したこと、昭和五一年四月一二日原告は、本件土地を訴外生田幸男に金二、九四七万八、四〇〇円で売却したこと、原告が本件消費貸借上の元利合計金一、三二四万二、八六五円を猪高農協に弁済したことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、原告が右元利金を完済した日時は、昭和五一年六月二八日であること、<証拠略>によれば、本件土地の前記売却代金のうち本件消費貸借の弁済に充てられた金額は一、〇三二万四、六一一円(約定利息は逐次原告において支払つていた。)であつたことがそれぞれ認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。

二  ところで、原告は、請求原因一1掲記の事情により、原告は、本件消費貸借において形式上債務者となつたにすぎず、実質上は連帯保証人であり、猪高農協に対する前記金員の弁済も実質的には連帯保証人としての債務の履行としてなしたものであるから、本件土地の前記売却は、所得税法六四条二項に規定する「保証債務を履行するための譲渡」に該当する旨主張するので、右主張の当否について検討する。

<証拠略>によれば、猪高農協に対する本件一、〇〇〇万円の借入申込み(昭和四八年三月一四日付)は原告が直接行つており、本件消費貸借契約書上も原告が債務者、伊藤が連帯保証人とされていること、債権者たる猪高農協は、原告が同農協の組合員であり、かつ資産を有していることから、原告を債務者として本件貸付けをなしたものであつて、債務の履行については、まず原告に請求する意思を有していたこと、一方伊藤については資産調査もされておらず、また同人には不動産・預金等の資産はなく、信用力は皆無であつたこと、本件消費貸借成立の翌日である昭和四八年三月三一日伊藤及び訴外伊藤泰子は、前記一、〇〇〇万円について、原告に対し借用証書を差入れ、さらに本件消費貸借上の約定弁済期の直前である昭和五一年三月三一日には、原告・伊藤間において、右一、〇〇〇万円を含む金一、四五〇万円について債務承認弁済契約公正証書が作成されていること、以上の事実が認められ、これら事実と金融機関が融資をするにあたつては、当該債務者に返済能力のあることを確認した上でなされるのが通常であることを併せ考えれば、本件消費貸借における債務者は名実共に原告であつたと認めるのが相当であつて、本件借受金の費消者が伊藤であることは、右認定に何ら消長を来すものではないというべきである。

右認定の趣旨に反する<証拠略>は、たやすく信用し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。

してみると、本件土地の前記売却は、原告自身の債務を弁済するためになされたものというべきであつて、所得税法六四条二項に規定する「保証債務を履行するための譲渡」にあたらないものというべく、原告の主張は理由がない。

三  仮に、本件借入金の費消者である伊藤が猪高農協の組合員でなかつたために、やむを得ず原告が債務者となつたというような事情から、実質的には原告は、連帯保証人にすぎないと解し得るとしても、以下説示するとおり、本件においては、所得税法六四条二項を適用する余地はないものというべきである。

所得税法六四条二項は、保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合において、その履行に伴う求償権の全部または一部を行使することができないこととなつたときは、その部分の金額を、その資産の譲渡による収入金額のうち「回収することができないこととなつた部分の金額」とみなして譲渡収入金額を計算することを認めるものである。

これに対し、保証人が債務保証をした際に、すでに主たる債務者が資力を喪失しており、かつ保証人が債務者に弁済能力がないことを知りながら、あえて債務保証をしたような場合には、保証人において、あらかじめ求償権行使による回収の期待を全く持たない点において実質的にみれば、当該保証人において主たる債務者の債務を引受けたか、あるいは、主たる債務者に対し利益供与または贈与をなしたものとみなし得るのであつて、かかる場合は、所得税法六四条二項にいう「求償権の行使が不能になつたとき」に該当せず、同条同項を適用する余地はないものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、<証拠略>によれば、伊藤は昭和三九年頃愛媛県新居浜市から名古屋にでてきたものであるが、昭和四三年一一月頃から名古屋市守山区幸心字木戸五〇番地において、訴外エツソスタンダード株式会社とのマネージヤンプラン契約に基づき、ガソリンスタンドを賃借して伊藤石油商会なる名称で石油販売業を営むようになつたこと、原告は肩書地において家庭電気製品の小売店を営んでいるものであるが、昭和四一年頃取引先を通じて伊藤と知合い、その後家族ぐるみの交際をするようになつたこと、昭和四七年五月頃伊藤は大口売掛先の訴外東急土木建設株式会社が倒産したため、約三、〇〇〇万円の負債を有するに至つたが、同人には不動産・預金等の資産はなく、従つて銀行等金融機関に対する信用力もなく、同人の資金事情は極めて逼迫した状態にあつたこと、昭和四七年九月一二日伊藤が第一勧業銀行より金二五〇万円を借受けた際、原告は連帯保証人となり、また、同年末頃から原告は伊藤の依頼により同人に対し、一〇万円単位で、数回にわたり無利息で金員を融通したこと、昭和四八年二月伊藤は資金難による事業の行き詰まりから自殺を図つたが、発見が早かつたため一命をとりとめるというようなこともあつたこと、同年三月三〇日に支払期日が到来する約八〇〇万円の手形の決済資金を含めて約一、〇〇〇万円の資金繰りがつかなかつたため、伊藤は、取引銀行から融資を受けるべく、原告に対し連帯保証人になつて貰いたい旨懇請し、原告とともに伊藤の取引銀行である第一勧業銀行大曽根支店、岡崎信用金庫黒川支店等に出向き、融資方を依頼したが、伊藤に信用がなく、いずれも融資を断わられたこと、そこで、原告が組合員である猪高農協から本件一、〇〇〇万円を借受けることになつたのであるが、前記のとおり当時すでに伊藤は多額の負債を有しており、その資金事情からいつて、右一、〇〇〇万円を返済し得る力は殆どなかつたこと、本件消費貸借当時原告は伊藤に対する貸付金約一五〇万円の返済を受けておらず、また原告は伊藤石油商会の帳簿関係を調査して同商会の経理内容を知つており、伊藤が本件借受金を返済することは殆ど不可能であると考えていたこと、しかし、原告は、伊藤とは家族ぐるみの交際をしており、また伊藤が資金難により自殺を図つたことなどもあつて、伊藤に同情し、その窮状を救いたい一心で本件消費貸借を締結するに至つたこと、その後も伊藤の経営状態は好転せず、遂に昭和四八年八月約五、〇〇〇万円の負債をかかえて倒産するに至つたこと、その間、原告は伊藤に対して本件借受金について支払催促をしたことはなかつたこと、原告は、本件消費貸借当時、名古屋市名東区猪高町内に時価一億五、〇〇〇万円程度の土地・建物を有しており、家庭電気製品の小売店の営業収入のほか、アパート経営による年間二〇〇万円ないし二五〇万円の収入を得ていたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。

右事実によれば、原告としては、専ら、伊藤の窮状を救うべく本件消費貸借を締結して猪高農協より一、〇〇〇万円を借受け、伊藤に対し前記一、〇〇〇万円の小切手を交付したものであつて、伊藤の当時の経営状態等からして、伊藤が右金員を猪高農協に弁済すること、あるいは原告が伊藤に対し保証人として出捐すべき金員の求償権を行使することは客観的にみて殆ど不可能な状態にあつたことは明らかであり、原告自身右事実を知悉して右行為に及んだものというべきである。

そうすると、仮に、原告が本件消費貸借における実質上の連帯保証人にあたると認められるとしても、実質的には、債務の引受け、あるいは伊藤に対する利益の供与または贈与があつたものというべきであるから、所得税法六四条二項を適用する余地はないものと解するのが相当である。

以上のとおりであつて、いずれにせよ、本件土地の前記売却が所得税法六四条二項に規定する「保証債務を履行するための譲渡」にあたる旨の原告の主張は理由がない。

ところで、原告は、被告の予備的主張(被告の主張三)は、時機に後れて提出された攻撃防御方法にあたるとして却下を求めているので、その当否について検討する。

民事訴訟法一三九条一項に規定する攻撃防御方法の提出が時機に後れたか否かは、当該訴訟における具体的進行状態からみて、それ以前に提出することが期待できる客観的事情にあつたか否かによつて判断すべきものというべきである。

本件において、被告の右予備的主張は、昭和五五年四月一五日付第三準備書面をもつて主張され、同準備書面は第八回口頭弁論期日(昭和五五年四月二五日施行)において陳述されたものであるが、本件訴訟の経過に徴すれば、右主張は、第五回口頭弁論期日において尋問が実施された証人伊藤一正の証言及び第六、第七回口頭弁論期日において実施された原告本人尋問の結果に基づきなされたものであることは明らかである。

右経過に照らすと、被告としては、前記提出期日前に右予備的主張をなし得る客観的事情にあつたとは必ずしも認め難く、従つて、右主張の提出が時機に後れたものとはいい得ない。

さらに、被告の右予備的主張は、本件土地の売却が所得税法六四条二項には該当しないという従前からの被告の主張を理由づけるための、仮定的主張として、前記証拠調の結果に基づきなされたものであつて、新たな証拠調を必要とするものでもなく、原告が新たに事実関係を調査しなければ認否ないし反論をなし得ないというような筋合いのものではないから、右主張提出により、本件訴訟の完結が遅延するということもないものというべきである。

以上のとおり、被告の予備的主張の提出は、民事訴訟法一三九条一項に該当するとは認められず、原告の主張は理由がない。

四  以上の次第であるから、原告の昭和五一年分課税長期譲渡所得金額算出の基礎となる総収入金額は、本件土地の売却代金額二、九四七万八、四〇〇円である。

<証拠略>によれば、本件土地は原告が昭和二七年一二月三一日以前から引続き所有していたものであることは明らかであるから、その取得に要した費用は、措置法三一条の三第一項本文の規定により右総収入金額の一〇〇分の五に相当する一四七万三、九二〇円であり、同法三一条二項の規定によれば、長期譲渡所得の特別控除額は一〇〇万円である。

そして、本件土地の譲渡に要した費用として、被告主張のとおり九二万八、〇〇〇円の費用が支出されたことは当事者間に争いがない。

なお、本件土地の売却に際し、原告が、猪高農協を権利者とする抵当権設定登記の抹消登記手続費用として六、七八〇円を支払つたことは当事者間に争いがないところ、原告は、右費用は譲渡経費に計上されるべきである旨主張する。

しかしながら、所得税法三三条三項にいう「資産の譲渡に要した費用」とは、譲渡のために直接かつ通常必要な費用を指すものと解すべきである。

本件において、前記抵当権設定登記を抹消することが本件土地を売却する前提として事実上必要であつたとしても、右抹消登記手続は、猪高農協に対する抵当債務消滅の結果、抵当権設定者である原告が、自己のためになしたものであり、本件土地の売却を実現するために直接必要な経費となるものでないことは明らかであるから、原告の右主張は理由がない。

従つて、原告の昭和五一年分課税長期譲渡所得金額は、前記総収入金額から、右取得費、譲渡に要した費用及び特別控除額を控除した二、六〇七万六、四八〇円である。

以上認定した原告の昭和五一年分総所得金額及び課税長期譲渡所得金額と同額でなされた本件更正処分及び国税通則法六五条に基づいてなされた本件過少申告加算税の賦課決定処分はいずれも適法である。

第二結論

よつて、本件課税処分の取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本武 浜崎浩一 原田卓)

別紙、別表 <略>

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